人生

【辛い経験】大切な人を亡くして後悔しているあなたへ。

いつもそばにいる人と突然会えなくなる悲しみは言葉に表すことができません。

私は22歳の時に彼氏を突然亡くした経験があります。

  • 『私があの時にもっと話を聞いていれば…。』
  • 『優しい言葉をかけていたら…。』
  • 『すぐに会いに行っていれば…。』

辛く悲しい渦の中、後悔がさらに心を苦しめていきました。

毎日毎日悲しくて体は思うように動かず、

なみへー

いつこの苦しさから解放されるんだろう?

そんなことばかり考えていました。

私は彼がなくなり今年で16年の月日が流れてまた笑顔で生活しています。

私がどれくらいの期間でまた前を向いて歩きだし笑顔になれたのかをお伝えします。

今は苦しいけど、亡くなった彼のぶんまで生きていつまでも忘れない

姿は見えなくても思い出すことでいつでも心に生きていると今は思えています。

私が苦しみもかなしみも受け止め1歩踏み出せたのは1年半後でした。

突然の会えなくなる悲しみ

突然変わる日常…会えなくなる日。悲しみ?そんなものではありませんでした。

22歳の1月1日に彼と私の親友と初詣に。

みんなお酒が好きで3人でわいわいと飲み、楽しい時間を過ごしたのが最後に彼にあった日でした。

その3日後の1月3日彼は空に旅立ちました。

最後に彼を見た日

彼の部屋の扉を開けて、いつもの大好きな芳香剤の匂い。

その後の記憶があまりありません。

愛する人の悲しい姿に、苦しくてただ心臓がつぶされました。

ほんとうの最後…

現実を受け止められない私のままお葬式に立ち会いました。

棺桶に入った彼は眠るようにきれいで、また目を覚ますんじゃないかと。

彼はバツイチで葬儀には別れた奥さんと子供さんもいました。

週に1度は子供と会うと1番に優先していて、子供がかわいいと話してくれた彼を知っていたので、私はここにいないほうが。と足が動きません。

「最後にどうしても触れたい。」

後ろで泣く私に、「今、いかんとあんた一生後悔するで!」と親族のかたの言葉に、私は歩いてご家族のところにいきました。

「あなたの顔もみせてあげて。」とお母さんからいってもらい、彼の棺桶の前に立てたんです。

最後のお別れの時、毎日一緒に過ごした思い出が走馬灯のようによみがえりました。

もう二度と彼の笑顔を見れない、温かい手も握れないことに絶望し混乱する毎日が始まるのです。

悲しい夢

泣きつかれて、ようやく眠れても、夢に彼が出てきて悲しくて起きてしまいます。

夢の中、楽しく食事をしていてふと、彼をみると大きな木になっていて、話しかけても何も答えてくれない。触っても冷たい。絶望で涙が止まらない夢。

叫びながら起きると、涙で枕がぬれています。

夢をみて泣く経験をしたのは初めてでした。

せめて、夢だけでも彼に会えればいいのにでも会わせてはもらえませんでした。

会いたくてたまらない

お酒がとにかく好きでいつも陽気に笑っていて私を笑わせてくれた人。

あの大好きな笑顔を見たい。

笑う声が聴きたい。

暖かかった手に触れたい。

叶わない願い『後1回だけでいい、会いたい』

彼の遺品の服を抱きしめながら何度もさけびました。

後悔につぶされる

悲しみの後に後悔が襲ってきました。

自分に出来る事があったんじゃないかと…。

15年後の今思う事…

自分を責めて苦しむ姿を彼はみたくないと思います。

もし、今後悔の渦の中にいるなら、あなたのせいじゃないよ。

大切な彼がそう言ってくれてるのを目をつぶって感じてみて下さい。

家族、友人の暖かさ

私は家族と友人に助けられました。

今、生きているのは家族と支えてくれた友人のおかげです。

苦しみを一人で抱えるのは本当につらいです。

信頼できる人に話して傍にいてほしいとお願いしてください

毎日傍に居てくれた親友と家族

お葬式も泣きまくる私をなだめてくれた親友。

その後も毎日仕事が終わって家にきて1ヶ月くらい泊まって私の話を聞いてくれました。

あの時は自分の辛さでいっぱい。今思うと感謝しかありません。

親友の大切な時間を全部私に注いでくれた。

母親は、私が立ち直るまで毎日同じ部屋で寝てくれました。

何度も同じ話を繰り返すわたしの話や泣きまくる私を1年以上支えてくれた。

弟はかける言葉が見つからなかったんだと思いますが、テーブルに置手紙をおいてくれました。

いろんな人が自分を立ち直らせるためにうごいてくれていたと今すごく感じます。

苦しい事は一人で抱えたらだめです。

今は悲しみしか見えないけど、あなたに優しさを向けてくれる人へ助けを求めて欲しいです。

大切な人は彼だけではない

2,3ヶ月たつと苦しさから逃げたくなります。

辛すぎて楽になりたいそればかりかんがえてしまう。

私も楽になりたいと何度も考えました。

そんなふうに思った時母と毎日一緒にいてくれた親友の顔が浮かびました。

いつも傍にいてくれる人を悲しませたくない。

自分と同じ悲しみを与えたくない人がいる事をよく考えてみて下さい

傷つけてくる人

更に心を傷つけてくる人がいます。

無視したくてもそんな余裕はない。

でも残酷な人の意見は絶対に無視してほしいんです。

SNSで傷つける人

辛くて悲しい時、彼が『一緒にやろう』と登録したGREEというサイトで彼のアカウントにメッセージを送りました。

もう居ないかえってくる事もない一方的なメッセージ。

毎日毎日彼への思いを彼のホームに書いていたら、全く知らない人から『お前キモイ、だから彼氏亡くなったんじゃない?』と言われすごくつらかった。

全体に発信しているわけじゃなく、彼のホームに彼がまだいる気がしてただけなのに。

今思うと、人を愛した事が無い人の言葉に傷つけられていたなと感じます

心救われた曲

最期の川 CHEMISTRY

この曲で私は救われました。

  • 『太陽の近くでみまもってる』
  • 『孤独を包む僕は日差しになる』

こんな歌詞があって親友が外に連れ出してくれた時に今まで感じた事が無い太陽がまるで私だけ照らしてくれてるかんじでした。

彼は太陽になって私を見守ってくれてる。

そう思った時にすごく暖かい気持ちになりました。

歩き出した一歩

毎日毎日、辛かった気持ちが家族や親友や共感できる曲のおかげで楽になってきたのは、彼が亡くなつて1年くらいたった頃でした。

考え方が少し変わる

気持ちの整理が付きだすと悲しい思い以上に愛おしい暖かい気持ちの方が上回ってきます。

写真をみて、

  • 『いっぱい一緒に笑ってたのしかったな』
  • 『彼も私が笑う姿を愛してくれていたな』
  • 『もう一度私の笑顔を彼に見せたいな』

彼が笑う姿はもう見れないけど、私が笑う姿ならどこかでみていてくれる

そんな風に気持ちがかわっていきました。

働きに出てみる

1年半がたった頃、派遣の仕事に出てみようと1歩ふみだします。

16歳から飲食店でバイトしていた私は飲食店の日雇い仕事に。

初めは、どうしても辛かったら辞めればいいと思い久しぶりに外に出ると、太陽が応援してくれているみたいにまぶしくて、彼が『頑張れー!!』と応援してくれていると思いました。

1年半ぶりの知らない人との関わりと仕事。

覚える事、やらないといけない事で悲しい気持ちにはならなかったんです。

仕事が終わり難波の大きなビルがみえるところでに座り彼に

『頑張ったよ。見てるよね。』と空を見たのを覚えています。

もう一度人を愛せるか

日雇いの派遣でしたが、気にいってもらい優先で働かせてもらえることになりました。

少しずつ彼が亡くなる前の生活に戻っていく。

その中で思っていたことは

  • もう失いたくないから人は愛さない
  • 彼を忘れたくないからもう彼氏は作らない

ずっとそう思っていました。

でも誰かを愛さないと心から笑える日はきません。

そのことに気付き私はまた恋をして、心から笑えるようになりました。

彼はあなたに幸せになってほしいと心から願っています。

自分だけを永遠に愛してなんて望んでない。

また笑っている幸せな自分をみせてあげて、心の中でずっと彼も愛し続ければいい。

私は毎年命日、お盆にお墓参りをします。

不思議なんですが、お墓に行くと太陽がいつもより明るく暖かく眩しい気がするんです。

少しでも同じ苦しみから抜け出せない人の気持ちが少しでも和らぎますように。

彼は傍にいる。また笑ってほしいです。

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